引越し先に曹洞宗坐禅会がない、多摩区秋月院住職から喝あるお話をきけたので満足した
多摩区に引っ越して、近所の曹洞宗寺院での坐禅会を求めて、朝6時半から秋月院にいった. 裏生田にいくには険しい山を2つ越える必要があるという修行. やっとたどり着いたが、まさかの坐禅会なし. 誰もいない…
しばらく境内をうろちょろしていると、住職が作務をしていたので、10分ほど話すことができた.
住職「コロナ以後、坐禅会は開いていない. 多摩区の近所でも、曹洞宗で坐禅会を開いてるところはない. 臨済宗ならばある. まあ、曹洞宗でなくても臨済宗でもいいじゃないか. 君は曹洞宗にこだわっている. 周りに臨済宗しかないのならば、それでいいじゃないか. 」
住職「そもそも坐禅会がなくても、坐禅はどこだってできる. 坐禅会がなくても、毎日ベットの上だって坐禅はできる. 一瞬一瞬がが坐禅なんだ. 結局は行なんだ. 知識として知っていても知恵としてそれを経験としてわかっていないと理解したことにはならない. この瞬間へ感謝しつづけること」
住職「月に1回の坐禅修行なんかでは、なにも変わるわけがない. もちろん入門としてはそれでいいが、君はもう2年も坐禅会に通ったならば、初心者向けの入門坐禅会から次に進むべきだ. 」
わたし「でも、わたしはいちおう部屋でも坐禅しているが、坐禅会にくると怠ける自分に気づくことができるんです」
住職「君は修行が足りない!」
ド正論すぎて何一つ反論の余地はないものの、坐禅会に執着しすぎているわたしはしょんぼりした… ただ、けっこうこのお寺に来るために自転車で山2つ越えたので、住職と直接話せたことは大変ありがたい、めったにこういう機会はない. 感謝.
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