40歳の誕生日なので自己を忘れるために1泊2日接心に参加
誕生日イベントとして、10/24-25と1泊2日で滝見観音堂の接心に参加した. 1日10回、合計20回を座る. 20時間接心. ついに40歳になってしまった. 老いの苦しみに耐える修行. なにも考えたくなかったので、無念無想の境地を目指すことにした.
結跏趺坐はせずに、半跏趺坐を交互に行う戦略. ただ、足は痛かった. 途中、安楽座も入れた. 痛みに耐える修行になってはいけない.
1日目(10/24)
はじめて少食、薬石を体験した. いろいろと作法がわからずに、ずっと周りの人を盗み見して真似ていた。こんなに緊張をする食事は初めてだ. みんなでペースを合わせて食事をするので、基本的に早食い競争になる、しかも無言. 途中でおかわりタイムがあるのだが、うどんをよそってもらっていたとき、もう結構というジェスチャーがあるようなんだがそれを知らなかったので、なんと超大盛りになってしまった. 超早食いをした. 修行も大変だ.
休憩時間に、38歳の参禅者の方に「学生さん?すくなくとも20代だよね?」と言われ、いえ本日40歳で2歳年上ですといった. ははーっとなった.
茶話会で「曹洞宗と臨済宗は禅といっても同じカテゴリに属しているだけで目指すところは違うのだろうか?」という質問を野暮ったく質問してみたが、「いやーわたしも臨済宗をガッツリやったわけではないからねぇ.. 」とはぐらかされてしまった. 別の人が「それは達磨禅師からはじまったからだよ」という説明で納得した. 仏教もブッダから始まったから仏教だが、中身は各流派でぐちゃぐちゃだ.
坐禅について. 朝から夕方まではいつもどおり、薬石からの夜が初体験. 足が痛いことはわかっていたので無理せず安楽坐にしてしまった. すると、本当に安楽な気分になってきた. 「ああもう坐禅をして寝るだけだ」と思うと、開放感が湧き上がった. 坐禅三昧、ピーティサマーディだ. 安楽過ぎて、顔が斜め上を向いていた. 緊張感が足りない. ただ、脚の痛みや体の疲れを乗り越えて安楽だった.
夜になると、部屋の真ん中に2本ろうそくが点灯して神秘的な演出となる。1日目のあと、別の参禅者に「明日が誕生日です」というと、あのロウソクはバースデーケーキだ言われて笑った.
2日目(10/25)
朝5時からだが、ここから3回がひどく眠くてグダグダだった. 流石に4回目でやっと目が覚めた. ここで普段のカフェイン依存を強く感じた. いつもならば朝にコーヒーが入ってくるはずが、コーヒーが飲めない!離脱症状で苦しんだ. 坐禅中は自由がない.
ベテラン参禅者が1日目は眠気が残っているが2日目から眠気が取れてやっと接心でがっつり坐禅ができるといっていた. 朝はグダグダだったが、たしかに2日目のほうが総じて眠気はない.
2日目の茶話会で、やはり体が痛いということを話題に出したところ、道宣さんは「自分は全く痛くなく、痛かった時期のことはとうに忘れてしまった!」というすごく参考にならない発言をきいて、改めて驚く. 坐禅の達人のいうことは次元が違う. 足の痛みで苦しんているレベルは、小学生レベルだ.
総じて、今までで一番心が安定した坐禅となった. 20回連続というのは記録更新だ. 回数が多ければ多いほど心は安定するのかはわからないが、今回はそれが当てはまった. 単純に回数を伸ばせばいいのか?すると次は2泊3日だろうか?
帰りの車で、道宣さんが「接心が終わると自分が世界がいないような、世界がパラパラ漫画みたいで車の運転が大変だぁ」といっていた。わたしと隣に座っていたおばさんと帰りの電車の中で、あの境地には我々は達してないようだということをお互いに確認して安心した.
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